◆画家のパパの描いた毎日の絵日記
今井麗(うらら)ちゃんは、生まれつき耳が不自由で、ゼロ歳のときから野津田の日本聾話学校に通っていました。本書は、聾話学校で、親に対して宿題として出されたもの。つまり、日々の出来事を子供と先生が会話をするために補助として必要だった「絵日記帳」を30年たって、まとめて出版したものです。
▲宿題の絵日記帳(著 今井信吾 リトルモア)
著者の今井信吾さんはうららちゃんのお父さんで、画家。絵が上手だったので、この宿題はお父さんの役回りとなりました。
当初、子どもが高度の難聴と言われたときには「気が遠くなり、麗を腕から落としそうになった」という今井さんですが、「なるべく早く言葉の教育を始めたほうがよい」という病院の先生のアドバイスに従って日本聾話学校で教育を受けることになりました。
2歳から6歳になるまで描かれたこの本は、耳の聞こえない子どもの成長の記録という意味でも貴重ですが、その範疇を越えて、小さい子どもをもつ親であれば誰でも共感を得られることでしょう。
着替えたとたんに水たまりで転倒したり、思うようにならなくて大泣きしたり、鼻血が出たり、コップを割ったり、ママに叱られたり。そんなバタバタの中でも、ちょっとした子どものつぶやきや行動に、思い切り感動したり。
そう、それは障害があるかないかにかかわらず、どんな親にとっても同じことですね。
何しろ、毎日のことですから、いろいろなことがあるのです。
▲聾話学校から、普通の小学校へ行くことになり、嫌がって泣いているうららちゃん
◆パラパラめくって楽しみたい。リアルな子育てに共感必至
うららちゃんにはお姉ちゃんがいます。とても仲良くて麗ちゃんの面倒を見てくれ、その様子がほほえましい。
また、お父さんは画家なので当然といえば当然なのですが、絵がとてもよいのです。
毎日の宿題ですから、ていねいに描く絵画とは違ってさっさっさーと描く、いわば殴り描きのようなタッチ。
でも線が太くて、とても子どもの表情が豊かで、子ども特有のぽっこりと出たお腹やはだかんぼう、不機嫌なようす、口をとがらせた顔、などとても生き生きと描かれています。またところどころ入っている色鉛筆の色がきれいで、独特のインパクトを与えてくれます。
▲お古のお洋服をいただいて、うれしくてしかたがないうららちゃん
文章は、日々のことですから長々と書いていることもあるけれど、さっと1行のことも。
「4月24日
うららは出席ノートを忘れた」とかね。
憮然としたパパとうららちゃんのようす、思わず「わかるわかる、どっちの気持ちもね」と言いたくなります。
この宿題は今から30年以上も前のもの。現在はうららちゃんも3児の母として、画家として活躍されているそうです。そんな後日談も読んでいてうれしくなります。
ぜひうららちゃんワールドに飛び込んでみてください。最初のページからきっちり読まなくても、パラパラとめくりながら、好きな絵のところを読んでみるのも楽しいと思いますよ。
耳が聞こえないという障害があるということは、「かわいそうなこと」ではなく、ひとつの個性であること。
大切なことはシンプルで、誰にとってもさして変わることはないということがきっとわかると思います。
(宗像陽子)