2024年7月26日(金)に厚生労働省が発表した「令和5年簡易生命表」によると、日本人の平均寿命は男性が81.09年で世界第5位、女性が87.14年で世界第1位でした。
世界各地に足を運び、食事と健康の関係を調査してきた京都大学名誉教授の家森幸男先生によると、長寿の人は魚介類に豊富な「タウリン」と、大豆から摂取できる「イソフラボン」を多く摂取している傾向があるそうです。
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栄養ドリンクなどでも有名な栄養素「タウリン」は、魚やイカ、タコ、牡蠣などの魚介類に多く含まれるアミノ酸の一種で、細胞の浸透圧を調整する働きがあり、体の機能を維持するために大切な役割を担っています。母乳にも多く含まれていて、乳児の発達にも重要な栄養素です 。
タウリンは体内でも合成されますが、微量であり、不足分は食事からとる必要があります。
豆腐など大豆類に含まれる成分で、体内で血管を拡張させる一酸化窒素(NO)を作ることから、長寿をサポートする栄養素のひとつといえます。ただし、活性酸素があるとNOを破壊するので、活性酸素を抑える抗酸化物質と一緒に摂るのが効果的です。
沖縄の人は長寿といわれますが、その理由のひとつがゴーヤと豆腐の炒め物「ゴーヤチャンプルー」にあります。ゴーヤのビタミンCがNOを破壊する活性酸素を抑えるため、豆腐に含まれるイソフラボンが十分に働きます。
タウリンやイソフラボンには、さまざまな効果があることがわかっています。
チベットやネパールなど、ヒマラヤの山岳民族の人々には塩を入れたバター茶を飲む習慣があり、1日の塩分摂取量は18グラムにも及びます。そのため高血圧に陥りやすく、多くの人が脳卒中や心筋梗塞で亡くなります。一方で、彼らは宗教上の理由から魚を食べず、タウリンをほとんど摂取していません。そこで、タウリンの粉末3グラムを2カ月間飲んでもらったところ、血圧が下がるという結果が見られました*1。
世界各国の心筋梗塞による死亡率を調べたところ、魚を食べる国や地域ほど心筋梗塞の発症率が低いことがわかりました。比較的魚をよく食べる日本人の心筋梗塞の発生率は、先進国中でもっとも低く、次いでヨーロッパで魚をよく食べるスペインやポルトガルが低いという結果です。魚をあまり食べないイギリスやフィンランドでは、心筋梗塞の発生率が高くなっていました。
イソフラボンも心筋梗塞のリスクを下げます。大豆を多く食べる日本人、中国人、スペイン人、ポルトガル人は心筋梗塞での死亡率が低いことがわかっています。魚も大豆も善玉コレステロール(HDL)を増やします。その結果、血管の劣化が抑制され、動脈硬化が原因の病気が発生しにくくなるのです*2。
国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(愛知県・大府市)・老化疫学研究部の大塚礼部長を代表とする研究グループが、2023年7月、大正製薬株式会社および北翔大学との共同研究で、食事からのタウリン摂取量が多いと脚の筋力(膝伸展筋力)が維持される傾向にあることを発見しました*3。
魚と大豆をよく食べる人は、血中に葉酸が増えます。葉酸は認知症と関係があると考えられています。アメリカやカナダでは、1998年から葉酸を法律でパン類に添加しています*4。
その結果、高齢者が認知症にかかる割合が減っています。オックスフォード大学の研究で、葉酸を与えられた高齢者は、脳の萎縮、特に記憶に関係する海馬の萎縮が抑制されることがわかりました*5。
調理方法にも長寿の秘訣があります。塩分をとる国や地域ほど脳卒中による死亡率が高いことがわかっていますが、東洋でもっとも塩分摂取量が少ない中国の広東地方では、焼き魚に比べて塩分が抑えられる、蒸し料理で魚を食べることが多いそうです。
ハワイに移住した日本人も魚をよく食べますが、ポリネシアの人がタロイモの葉で食材を包み、たき火の下に入れて蒸し料理をしていたのに学び、日本から持ってきた蒸し器を活用した蒸し料理が多いという特徴があります。
だしのうま味や、お酢、香辛料などを上手に使って、塩分を減らすのがポイントです。
一方で、欧米で健康的な食事として注目されている地中海食や和食は、伝統食のため塩分が多いのが特徴です。しかし、地中海食は野菜や果物をたくさん摂り、カリウムを大量に摂取するので、体内から塩分(ナトリウム)が排出されやすくなります。和食は地中海食ほど野菜や果物を摂りませんが、代わりに豆腐などの大豆食品に多く含まれているカリウム・マグネシウムが塩分(ナトリウム)の排出を助けてくれているのです。
健康長寿のためにも、意識して摂るようにしたい魚介類ですが、課題もあります。大正製薬が2024年7月、全国の20代以上の男女1000名を対象実施したインターネット調査によると、「魚やイカ・タコ・貝類などの魚介類を積極的に摂るようにしている」という人は全体の半数以下(46.5%)にとどまりました。
「積極的に摂らない」理由としては「値段が高いので」(241名/1000名中・以下同)が最多で、「調理が面倒・調理の仕方がわからないので」(134名)、「嫌いだから・好きではないので」(73名)と続きます。
旬の魚介は比較的値段が安くなる傾向があり、栄養も豊富です。サバやイワシなどの缶詰を利用したり、スーパーの調理サービスを利用したりすることで、魚料理のハードルを下げる方法もあります。また、タウリンは紅藻類をはじめとする海藻にも含まれています。ミドリムシなどの微細藻類の中にも、タウリンを含むものがあるので、魚が苦手な人や、事情があって食べられない人は海藻類や、ミドリムシを使った栄養補助食品を利用するのも一案です。工夫しながら、栄養を摂るようにしたいですね。(ライター・山見美穂子)
【監修者プロフィール】医師 家森幸男先生
1937年 京都市生まれ。京都大学大学院修了。医学博士。同大学名誉教授。脳卒中ラットの開発に成功、脳卒中が栄養で予防可能なことを実証し、WHOの協力で世界61地域を40年かけて健診。24時間尿の分析で大豆や魚介類の常食が生活習慣病を少なくし、「適塩和食」で健康寿命延伸の可能性を検証。『大豆は世界を救う』(法研) 他、著書多数。
*1 家森幸男, 大豆は世界を救う, 法研, 東京, 2005, 186
*2 Yamori, Y., et al, Jpn. Circ. J. 38, 1095-1100, 1974./Okamoto, K., et al, Circ. Res. 34/35, 143-153, 1974./Yamori, Y., et al, In: Lovenberg, W., Yamori, Y., eds., Nut. Prev. Cardiovasc. Dis. Academic Press, Orland, 37-51, 1984./Yamori, Y., In: de Yong, W., Ed., Handbook of Hypertension Vol. 4: Experimental and Genetic Models of Hypertension, Elsevier, Amsterdam, 240-255, 1984.
*3 “Association of taurine intake with changes in physical fitness among community-dwelling middle-aged and older Japanese adults: an 8-year longitudinal study”Frontiers in Nutrition/20 March, 2024
*4 JAMA Intern Med. 2017;177(1):51-58. doi:10.1001/jamainternmed.2016.6807
*5 Douaud G, Refsum H, de Jager CA, et al. PNAS 110 (23) 9523-9528, 2013.
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