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【世界の子育て】キルギスに行く 前編

2016.05.30

キルギスは、中央アジア5カ国(ウズベキスタン、キルギス、
トルクメニスタン、カザフスタン、タジキスタン)のひとつで、
中国、タジキスタン、カザフスタンに接しています。

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▲遠く見えるのは、天山山脈の一部であるキルギスの「テレスケイアラトー」です。これらの山脈の向こうは、中国です。下に青く見えるのはイシククリ湖です。

サッカー好きの人なら、ウズベキスタンやカザフスタンは知っているかもしれませんが、そうでもなければなかなか馴染みがないですよね。

キルギスに行く前には、情報が少ないため不安な要素が多くありました。
しかし、実際に行ってみると(行ったのはGWです)穏やかで清々しい気候、北海道のようなポプラ並木、なだらかな平原、人々の穏やかな笑顔に心が癒されました。

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首都ビシュケクは広い車道と歩道の間に、ポプラがずっと並んでいます。冬はマイナス25度にもなるそうですが、訪れたときは新緑の季節でした。

ビシュケクは、ものすごく都会というわけではありませんが、ショッピングセンター「ビシュケクパーク」では子どもたちがスケートを楽しみ、地下の食料品売り場には豊富に物がありました。そこかしこにある広場や公園では、家族連れがゆったりと休日を楽しむ様子が見られました。

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風景は山あり、

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田舎へ行けば平原あり、

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異様なゴツゴツした岩肌あり。

そして美しい湖あり。

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どこまでも続くかに思われるなだらかな平原には、ポツポツとゴマのようにいて草を食む羊やヤギ、それら家畜をのんびりと馬に乗って追っているキルギスの人。道を横切る羊たちの群れが行き過ぎるのを待つ車。
せかせかしている日本から来ると、まるで絵本の世界に入ったようでした。

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キルギスは、ロシア系、キルギス人系、カザフ系と多民族国家ですが、キルギス人は顔が丸い顔の日本人にそっくりなので、とても親近感がわきます。

◆キルギス語を話せないキルギス人

キルギスに行くにあたっていろいろと調べたところ、一番驚いたのは「キルギス人なのに、キルギス語を話せない人がたまにいる」ということでした。

これはどういうことかと言いますと、キルギスは1991年にソ連から独立したのですが、それまで長くソ連に支配されており、言語はロシア語でした。
独立後、祖国を大切にしようという機運が盛り上がり、キルギス語を使うようにもなりましたが、今も、公用語はキルギス語とロシア語2種類だそうです。

それで、キルギス語を話せないキルギス人と、ロシア語が苦手なキルギス人がいるそうなのです。
どうやって国として成り立っているのだろう?と日本でずっと生きてきた私は想像もできませんが、単一言語である国の方が世界の中では少ないそうですから、私たちはもっともっと世界について知らなければいけませんね。

新聞もテレビも学校も、すべてロシア語版とキルギス語版と分かれているそうです。

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▲本屋さんもロシア語とキルギス語の本が分かれて置いてあります。

◆小学校は、ロシア語系かキルギス語系か選択自由

義務教育は、6歳から17歳まで。6歳の時点で、ロシア語を使う小学校にはいるのか、キルギス語を使う小学校に入るのかを決めます。選択は自由です。
大体、家庭環境がどちらを主に使うかすでに決まっていますから、悩むというようなことでもないようです。

もちろん、ロシア語を使う学校に入っても、週に何時間かはキルギス語を習う授業はあるそうです(逆もまた然り)。

スーパーや観光地では、ロシア語の方がよく使われていたように思います。
一度こんな場面がありました。我々にキルギスの様々なところを案内してくれたアーシャさん(大学で日本語を教えています)は、ロシア語の方が得意でした。
ある博物館で、博物館常駐のスタッフにガイドをお願いしました。ガイドのロシア語での解説をアーシャさんが日本語に訳してくれるのです。順調に一つ一つ解説を楽しみながら、進んで行きました。

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しばらくすると、中国にすむキルギス人という二人連れが何やらガイドさんに交渉。するとガイドさんは、キルギス語でガイドを始めました。
そうなると、われわれに通訳してくれていたアーシャさんは、聞き取りづらくなってしまい困惑。アーシャさんの夫のタイルさんが「おいおい、こまるじゃないか。我々はロシア語でお願いしたはずだぞ」と抗議。すると、二人連れも「だってロシア語じゃ、わからないよ、俺たちは」(このあたりの会話、想像です笑)と困り顔。

端正な顔立ちのガイドさんは、美しい眉をひそめながら「うーんしょうがないわね、両方の言葉で話すから、待ってて頂戴。もう、ホントめんどうだわ」(これも想像)。そして、こちらを向いてペラペラとロシア語でまくし立てる。その後、ものすごい早口でキルギス語で説明という、二重ガイドとなったのです。

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おそらく、この国では日常よく交わされる会話なのではないでしょうか。文句を言う方も言われる方も、慣れているという感じがしました。
「おいおい、それじゃわからないよ」「しょうがないわね、次はキルギス語で話すわよ」
とか
「この説明文はキルギス語でしか書いていないよ」「おや、失礼。ロシア語のものをお持ちしましょう」
といった感じです。

グローバルという視点から言えば、ロシア語を話せた方が将来外国に行ったとしても、言葉が通じるという面もありますが、祖国の言葉が通じない、もはや話せなくなってしまったというのは、国家として悲劇といっていいでしょう。

先ほど単一言語と書きましたが、日本とて、琉球語やアイヌ語を話せる人がいなくなっているという事実もあります。それはその民族の滅亡を暗示してしまうものなのでしょう。

自分の国を大切にする。言語を捨てない。伝統を保つ。キルギスの人たちは、今キルギス語を学び直すことで、国としての誇りを取り戻そうとしているようです。
とはいえ、ロシアに対して特に悪い感情を持っていない様子も印象的でした。レーニンの像などが、壊されずに公園に安置されているのは、世界の中でもキルギスだけだと聞きました。多くの人びとがロシア時代を愛し、懐かしんでいるとの話もありました。それはまた、今のキルギスの問題を象徴していることでもあるのでしょう。

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▲レーニン像は今でも愛され、いつでも花がたむけられている

そこかしこで元気に遊んでいるたくさんのキルギスの子どもたちが、将来どんな役目を担っていくのかわかりませんが、キルギスという国に誇りをもち、キルギスの発展のために力を尽くす大人になって欲しいものです。

 

(文:宗像陽子)